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「あんなもんが動いてやがる……」
 有翼獣人は、不燃ゴミの寄せ集めのような体だった。その体ががちゃがちゃと動いている様子を見て、セルジュが、声をくぐもらせて呟いた。
「セルジュ、ラファウ。今すぐ本隊を探して、討伐隊を再編成するように言ってこい。俺はここで見張ってる」
 カロルは、セルジュの言葉を遮って指示を飛ばした。朝になってようやくエルヴィンがアパートから姿を見せた時は、こんな展開になるとは想像もしていなかった。
 昨日はラファウが獣人の反撃に遭いエルヴィンを見失ったが、冷静になればなんということは無かった。ラファウはしっかりとその獣人の特徴を覚えていた。カンガルーのような耳を持ち、指が四本、ラファウを軽くあしらうとなれば、実力からみて間違いなくルファだ。配給を担当することもあるD地区に所属する彼女は、自分が持っているD地区の名簿に、当然、住所が記載されている。そこの出入りを見張っていればエルヴィンがそのうち姿を見せるだろうと踏んでいた。
 そして今朝、予想通りにエルヴィンがアパートから出てきた時、カロルは隣にいるラファウとセルジュを叩き起こした。地面に直接うずくまって眠っていた二人は、すぐに体を起こしたが、まだ目は開いてなかった。二人の力を借りるなら一人で捕まえた方が早いと思い、木陰から飛び出しかけた所で、カロルはエルヴィンの隣に別の獣人が並んで歩いていることに気付き、動きを止めた。
 迂闊に発砲するなという命令があるから、あの年老いた獣人が傍にいる間は手が出せなかった。エルヴィンだけなら殴って気絶させることはできるかもしれないが、他の獣人がいるとなれば話は別だった。獣人の能力は見た目には計り知れない。いくら厳しい訓練を積んでいるとはいえ、徒手空拳で敵う相手でないかもしれなかった。そのため、老獣人と別れる隙を狙おうと、気付かれぬよう最大限の注意を払って、みじめに尾行してきた。

 それがどうだ。今、部屋の中でエルヴィンと話をしているのは、今回の討伐対象である有翼獣人だった。窓の外から監視されているとも知らず、呑気に話し込んでいる。思わぬ所に落ちていた汚名返上の大手柄を前に、カロルは笑みを零さずにはいられなかった。







 目を覚ますとまず、鈍い痛みを伴った頭痛と、毛布の温かみが感じられた。自分から毛布に潜った覚えはなかったが、ルファは床に横たえていた体を起こした。そこであのまま眠ってしまったことを思い出し、すぐ隣にある布団に目を向ける。ヘンリクはまだ眠っていた。少し迷ったが、ルファはヘンリクの顔を覗き込み、体を揺すった。
「朝だよ」
 呻き声のあと、ヘンリクは薄目を開けた。視線が交錯すると彼は驚いたように目を見開いた。ルファはヘンリクから離れ、立ち上がって伸びをした。
「間違えた。夕方か」
 紫を帯びた夕陽が目に入った。
「ごめん、泊まらせて貰ったのに、こんな時間まで……」
「私もついさっきまで寝てた。毛布、掛けてくれてありがとう」
「夜中にちょっと目が覚めたら、寒そうに丸まってたから」
 ヘンリクは髪を掻きながら、言い訳でもするように言った。昨晩の思い詰めた表情は今のところは見られず、ルファは内心、胸を撫で下ろした。もっとも、心配をかけさせないように強がっている可能性の方が高いが。
「ごはん、食べない?」
「うん」
 ルファは居間に行き、自分の配給の袋を探した。すぐに見つかると思ったが、最低限の家具しか置いていない部屋だというのに、どこをどう探しても見つからなかった。
「昨日、どこかに忘れてきたんじゃないかな」
 後ろからヘンリクの声がした。
「そっか……」
 台所の一番下の収納スペースにかけていた手を、だらんと垂らす。頭痛は一向に治まる気配が無い。彼に気付かれないよう、少しだけ顔をしかめた。
「ヘンリク、昨日は配給貰ってないし、少しだけでも分けてあげようと思ったんだけど……」
「ルファが気にすることじゃないよ。貰いそびれた僕が悪い」
 草を食べていれば平気な自分はともかく、普通の獣人が何も食べずにあと数日を過ごすと言うのは、我慢できない行動のはずだった。しかしヘンリクは腹が減ったからと言って他の獣人を殺して食らうような性格ではない。そこでひとつ、提案をした。
「食べられる草、教えてあげようか?」
 ヘンリクは一瞬だけ躊躇うそぶりを見せたが、すぐに「僕でも食べられる?」と訊き返した。

 靴を履いて外に出、湖岸への道を歩く。あの日、人間に会うまで毎日通っていた道だ。随分と懐かしく感じるのはなぜだろう。隣を歩くヘンリクは、イェニーの遺骨が入った麻袋を抱えている。途中で埋めるつもりらしい。
「あ。これは食べられるよ」
 ヘンリクの体越しに食用の雑草を見つけ、彼の前を横切りしゃがみ込んだ。根は残したまま草だけをむしり取る。
「草って、どんな味がするんだろ」
「苦味が強いものが多い。種類を限定すれば、ヘンリクでも食べられると思う」
 ルファはむしり取った草を、口に運んだ。自分も、一昨日から水以外を口にしていない。
「おいしくなさそう……」
「この苦味が大丈夫か、試してみて」
 飲み下した後で、もう一度その雑草をむしり、ヘンリクに渡した。ヘンリクは草を見つめていたが、しばらくすると意を決した様子で口の中に詰め込んだ。咀嚼する顔が、段々と歪んでいく。
「だめだった」
 彼は食べかけの草を地面に吐き出した。ルファは溜息をつき、苦味の薄い種類の雑草を漁り始める。ヘンリクにも手伝ってもらってある程度の草を集めると、持ってきていた袋に詰め込み、立ち上がった。あとはイェニーの骨を埋めるだけ。
「どこに埋める?」
「あの辺りに」
 彼は湖岸を指差した。
 眼前に堅牢な鉄柵が広がる湖岸まで歩き、ルファとヘンリクは適当な場所に屈む。そして手で地面の土を掻き分け始め、少しずつ、少しずつ穴を掘っていった。穴の周りには掻き分けた土が積もっていく。土が積もる度に、辺りも暗くなっていく。足を使って掘ったほうが早いと思って、実際に言おうともしたが、とうとう口には出せなかった。この作業に必要なのは、効率などではなく、イェニーの骨を埋めるということの意味を理解する、その時間なんだと、ヘンリクの表情を見て気が付いたからだった。ルファは作業中、起きてからずっと続いている正体不明の頭痛に苛まれながらも、イェニーとの思い出を頭の中に浮かべていた。恐らく、ヘンリクがそうしているように。
 出会ったのはヘンリクよりも前。自我が目覚めた一番最初に、話しかけてきた獣人は彼だ。赤々とした瞳、堅牢な牙、鋭利な爪、巨大な体躯。まだ若かった自分は、道を覚えようと歩いていた路地裏で彼に遭遇し、その目に睨まれただけで呆然と立ち竦んで、ただ顔を見上げるだけになった。彼は、生まれたてに興味は無いから安心しろ、と言うと、ルファの横を通って去っていった。数年経つと、ヘンリクやイーヴァインと親しくなり、イェニーとも顔見知りになった。配給停止により起こった飢餓の際に襲われ、殺されかけたこともあったが、彼の事は、嫌いではなかった。街で会い、挨拶する際に、自然な笑顔が零れるくらいには。しかし彼は最後に、おかしくなってしまった。
 穴を掘り終えた頃には、辺りは闇に包まれていた。お互いに夜目は利く。ヘンリクは置いてあった麻袋を難なく掴み、堀った穴にそっと置いた。二人はまた、手を使って、穴を塞いでいった。麻袋に砂がかかり、徐々に見えなくなっていく。
「おやすみ、イェニー」
 遺骨が完全に埋まると、ヘンリクが優しく言った。

 その言葉が耳朶を打ち、表情が緩みかけたときだった。断続的にルファを苛んでいた頭痛が激しさを増して、思わず頭に手をやった。ヘンリクは異変に気付かず、土の表面を軽く叩くと、立ち上がった。ルファもまた、片手を髪に埋めながらも立ち上がり、帰り道へと足を向けた。向けようとした。頭痛はどうしようもなく痛みを増し、目の前がぼやけた。体を支え切れなくなり、地面に倒れこみそうになって手をつく。あまりの痛みに、例の「何か」が引き起こしているものだと分かった。
 無理に立ち上がろうとして体勢を変えると、湖に目がいった。ぼやけている視界の中で、湖だけがはっきりと見えた。今まで穏やかに静止していた湖は、ルファが視線を合わせた途端、まるで生きているかのようにさざなみを立て始めた。――何かが、いる。体が震え出し、言うことをきかなくなった。風景がぐるぐると回り始め、どこに何かがあるか、上下左右すらも把握できない。怖気と寒気がルファの体内を突き抜け、目を、これ以上ないくらいに見開いた。
「ルファ!」
 頬を思い切り引っ叩かれ、はっとなってヘンリクを見上げた。気が付くとルファは、仰向けで地面に転がっていた。ぼやけていた周りの風景に、焦点が徐々に合ってきて、頭痛が、治まっていく。なおもヘンリクは、ルファの顔を覗き込むようにして、肩を揺らした。何度も、何度も。ルファは何も言わずにヘンリクが落ち着くのを待った。そして彼が肩を揺するのをやめ、その場に腰を下ろして俯いた所で、彼の頬に右手をあてた。ヘンリクはすぐに顔を上げ、そこでようやく、正気を取り戻していることに気付いてくれた。
「どうしたの、そんな顔して……」
 ヘンリクの涙は、昨晩だけのものではなかったらしい。彼はまた、目元に涙を溜めていた。本当に人間みたいだなぁと笑んだ所で、上半身がぐいっと引き寄せられた。ヘンリクに抱きすくめられたと気付き、ルファは力を抜いた。

「疲れたら、下ろしてもいいよ」
 ヘンリクはルファの体調を心配し、家まで背負ってくれることになった。肋骨を怪我して背負われていた時とは違い、全ての体重を、ヘンリクに預けている。
「家までくらいなら平気」
 彼はそう言うと、軽く体を揺らし、ルファを背負い直した。
「それにしても、さっきはびっくりしたよ。突然倒れて、体はどんどん冷たくなるし、息はか細くなってくし、目はどこ見てるかわかんないしで」
「私、どのくらいあの状態だった?」
「僕が諦めかけるぐらいには、ね」
 ルファにとっては、ほんの一瞬の出来事だった。頭痛が激しくなって、湖に目が行って、「何か」に引きずり込まれそうになって……。目を覚ました時には、ヘンリクに抱き寄せられていた。
「でも、助かってよかった。ルファまでいなくなったら……」
 少しかすれた声が、夜の闇に吸い込まれて消えた。言葉は努めて軽くしているようだが、その奥にある思いが痛い程に伝わってきた。
「大丈夫」
 ルファは彼の首に回した手に、力を込めた。
「大丈夫だから」
 しばらく路地を進んでいくと、家に着いたという言葉が聞こえ、ヘンリクの肩に埋めていた顔を上げた。
 激しい頭痛に襲われ正気を失いかけた今夜は、ヘンリクと別れるのがとても心細い。ずっと家に着かなければいいのにと思っていたが、こんな時に限って時間の流れは早かった。彼はルファを背負ったままドアを開け、部屋の奥へ進んでいった。部屋の中は真っ暗だったが、二人とも夜目が利くおかげで不自由はしなかった。寝室まで来るとヘンリクは足を固定していた腕の力を緩め、屈んだ。ルファはゆっくりと下ろしてもらい、採ってきた雑草の入った袋を、枕元に置いた。
「ついこの間も、こんなことあったね」
 寝室に着いても、一人で過ごす心もとなさは変わらずそこにあった。ルファはどうにかしてヘンリクを引き留める理由を探そうと、ただ思い付いた言葉を発した。
「うん。あの時は肋骨を痛めてた」
「私って、自分が思ってるより体弱いのかも」
「意外とね」
 ヘンリクは笑顔を浮かべて答え、
「じゃあ、あんまり長居するのも悪いから……。ルファ、おやすみ」
 そう言い残して、帰ろうとした。口下手な自分が言葉で引き留めるのは無理だと思ったルファは、咄嗟にヘンリクの腕を掴んでいた。
 振り向いたヘンリクは、不思議そうにルファを見つめた。
「あ、あの、さ……」
「ん」
「わざわざここまで背負ってもらったのにすぐ帰したら、イーヴァインに怒られる。もうちょっと居て貰わないと、困る、かも」
「なんだ、そんなこと? イーヴァインには言わないでおくから、大丈夫だよ」
 ヘンリクは微笑し、再び玄関に向かおうとした。ルファは先程よりももっと強く腕を掴んだ。
「お願い。今日は、一緒にいて」


 正直に、今夜一人で過ごすことへの恐怖心を伝えると、ヘンリクは部屋に残ってくれた。
 四枚ある掛け布団のうち一枚を、布団の隣に敷き、ヘンリクはその上に寝た。残った三枚は二人で適当に分け合った。ルファは布団の上で仰向けになり、掛け布団を肩のあたりまで引く。昨日と同じように床に寝ようとするとヘンリクに押し留められ、こういう形で寝ることになった。
「それで、その頭痛の原因がどういうものなのかは結局、思い出せなかったんだ?」
「気付いたら、今まで思い出せそうだった出来事が全部、綺麗に頭の中からなくなってたの。本当に一瞬だった」
 ヘンリクは天井に向かって言い、ルファも天井に向かって答えた。
「湖を見た瞬間に、か……」
「でも、残ってた」
「え?」
「思い出せそうだったこと以外は全部、残ってたよ。今まで経験してきたことは、全部」
「そっか……。思い出せないのは残念だけど……それ以外が残ってるなら、良かった。ルファ、前よりも優しくなった気がするし、また元に戻ったらやだなぁ」
 ヘンリクはそう言った後で、慌てて付け足した。
「い、今までのルファが優しくなかったって意味じゃないよ」
「気にしないで。自分でも、そう思う」
 ルファは笑い、ヘンリクを一瞥した。いつの間にか、彼もこちらを見ていた。見られていると分かるとなぜだか体が強張った。
「なっ……何だかごめん。ヘンリクも辛いのに、自分のことばっかり」
「僕は、大丈夫。時間が経てばそのうち、整理、つくと思うし」
 気落ちしている様子を欠片も見せずに、ヘンリクは答えた。
「ねえ、ヘンリク。私ね」
 あまりにも淡々とした様子に不安を覚え、ルファは体の強張りも忘れて呼びかけていた。
「さっきみたいな頭痛はもう起きないって、勝手に思ってる。でも、起きてもし、何もかも全部忘れたとしても、ヘンリクのくれた気持ちだけは、忘れない」
 もう、思い出せることが何も残っていないのだから、頭痛は起きないだろう。しかし意識が飛んでしまった時、ヘンリクが叩き起こしてくれなければ、自分は死んでいたかもしれない。また頭痛が起きてしまえば、何もかもに絶対という保証はない。保証はないが、覚えている、と確信していた。ヘンリクの事、イーヴァインの事、イェニーの事。全てが記憶とは別の所にある。ただ『自分』としか言えない『何か』が、覚えている。
「忘れないから……だから、君が辛くなったら、いつでも、助けてあげられる。私の都合なんてどうだっていい。いつでも……本当にいつでも、頼っていいから」
 いつもいつも自分の事を棚に上げ、ルファのことばかり心配する彼が隣に居てくれることで、温かい気持ちが心を満たす。この気持ちは確かだ。しかしこれらはもう、貰って当たり前のものではなかった。彼自身が辛い時は、自分などではなく、彼自身の事を優先してほしい。自分がいつもヘンリクにして貰っていることに、報いる意思があるんだということを、知っていて欲しかった。
「それだけは、頭に入れておいて」
「……分かった。その時は、素直に甘えるようにする」
 ヘンリクはくすぐったそうに笑った。今日見せたほとんどの笑顔が繕ったものだとしても、これだけは本当の笑顔だといいな、と思った。そしてなんとなく、その笑顔から目をそらす。なんだか顔が熱くなっていく気がしたからだ。そのことに違和感を覚えたルファは、右手を布団から引っ張り出し、自分の頬に、触れた。



***




 翌日は気持ちのいい晴天が広がっていた。寒さはそれほど和らがないが、散歩にはちょうどいい天気だった。ルファはヘンリクと朝食代わりの雑草を食べ、イーヴァインを誘って湖岸まで歩いた。
 いつものように穏やかに静止している湖は、きらきらと陽光を反射している。ヘンリクは、昨日イェニーを埋めた辺りに目印の棒を突き刺し、持ってきてあった水の入ったコップを、その根元に置いた。ルファとイーヴァインも、辺りから食用の雑草を集めて、そこに置いた。イーヴァインによればこれらは、供えもの、というらしい。
「エルヴィンは、ルーペルトと会えたんですか?」
 それから三人は、湖岸を覆う鉄柵の手前で、少しの間のんびりとすることにした。杖を拠り所に立ち、湖を見つめていたイーヴァインは、地面に座っているヘンリクに視線を移した。
「ああ。会ったあとどうなったかは知らんが、ルーペルトとは無事会えたよ」
 イーヴァインは答え、言葉を続けた。
「その……なんだ。いいのか、もう」
「何がですか?」
「イェニーのことだよ。平気な顔してるが、まだ、散歩するような気分じゃないだろう」
「あ……心配してくれてたんですね」
「当たり前だ」
「なんとか、大丈夫です。僕には二人がいるし」
「そうは言ってもな……」
「そんなことより、昨日また、ルファが頭痛で倒れたんです」
 ルファはそんな二人のやり取りを黙って聞きながら、肩の力を抜いて風景を観察していた。今日もヘンリクは、辛いということを顔に出さない。繕っている割合も多いだろうが、いつもよりもよく笑顔を見せるくらいだ。これが、ヘンリクなりの表現なのだろう。強がらないでと言ってみた所で、ヘンリクは平気な顔をして笑う。それでも、取り繕えないほど辛くなったら、いつでも助けてあげられるように、なるべく傍に居ようと思った。
「それほどの頭痛で、よく生きていたな」
 イーヴァインは、ヘンリクからの説明を聞き終えると、ルファの肩に手を置いた。ルファはその骨ばった手に自分の右手を重ね、軽く握った。
「ヘンリクが加減もせず引っ叩いてくれたおかげで、正気に戻れたの」
「はは、そうか」
 イーヴァインは笑って手を離し、湖の方へ近づいた。
「もしかして、根に持ってる?」
「うん」
「そんなに強く叩いたつもりは……」
「冗談だよ」
 ルファはくすりと笑うと、立ち上がり、お尻のあたりに付いた砂を払った。
「帰ろっか。昼間から人気のない場所に居ると、他の連中が襲ってくる」
「そうだね。面倒なことになる前に」
 ヘンリクも湖から視線を外し、元来た道に体を向けた。


「湖=c…。最後までこの土地の人間で遊びたいのなら、大人しくしておけ」
 イーヴァインは睨むようにして湖を見た。
「もう一度あの子に手を出せば、島の支配体制を瓦解させる。どんな手を使ってでもな」
 湖面に向けて囁き、杖を使って体を反転させたイーヴァインは、ゆっくりと、彼を待つ二人のもとへ歩み寄った。
 ルナルカ湖は穏やかな表情を装ったまま、いつもと変わらず、島を取り囲んでいた。



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